テレワークが普及する一方で、チーム同士のコミュニケーション不足や生産力低下の懸念といったテレワークならではの問題を抱えることも多いのではないでしょうか。
Alconostは創業当初の2004年から、オフィスを持たず社員全員がテレワークで働いています。翻訳・ローカライズサービスを提供するAlconostでは現在、翻訳者をのぞいて世界9カ国で100名近くの社員が働いています。
なぜ創業当初から完全テレワークという選択をしたのか。テレワークならではの課題をどう解決してきたのか。創業者でAlconostの現CEOである、ムラウスキーに聞きました。
AlconostのCEOアレクサンダー・ムラウスキー(写真向かって右)
世界のIT企業をターゲットにしているため、時間や場所にとらわれずフレキシブルな対応が必要だったからです。4〜5人で会社を始めた当初から、すでに各々が自宅で働いていたので、オフィスを持つことはあまり考えていませんでした。社員の数が増えても同じスタイルを続けています。
実際にオフィスを持たないで会社を始めてみると、いろんな利点がありましたね。
例えば、通勤にかける時間やお金を節約することができる。それに、会社を特定の場所に持ってしまうと、人材を雇う際にも、その地域に限定されてしまう。
特定の専門を持った人材が、オフィスのある地域にはいないかもしれません。けれども、テレワークであれば、世界中どこからでも優秀な人材を雇うことができます。
リモートだと個々のコミュニケーションが可視化されやすいという利点もあります。Slackのような社内コミュニケーションツールを使っていると、テキストメインのやりとりなので発言やアイデアが記録として残ります。
複数のメンバーが参加しているチャネルでのやり取りをみると、議論がよくない方向に進んでいるなあとか、これはちょっとどうなんだ?という発言があれば、すぐに私や他の経営陣が対処できます。
オフィスの雰囲気もそうですね。実際のオフィスだと、社内の雰囲気に影響を与える要因は多々あります。例えば、隣に座っている同僚や上司が機嫌が良くなさそうだとか、今日は自分の気分がすぐれないだとか。
職場だとそういう雰囲気がありつつも、他のメンバーがいる手前、無理をして明るく振舞ったり、笑顔でいなければいけない時もあります。テレワークだと、いい意味で感情や周りに影響されず、自分を偽らずに仕事ができます。
内向的な人にとって、テレワークはパラダイスでしょうね。私自身は内向的で、あまりオフィスへ行くのが好きではありませんでした。
コミュニケーションにおいては、すぐに返事をしなくてもいいという良さがあります。職場で働いていると、上司やチームメンバーに自席で声をかけられて、アイデアや答えをすぐに出さなければいけない場面がしばしばあります。
一方でテレワークだとじっくりと時間をかけて考えることができる。それに、自分が考えたり動いたりしなくても、他のメンバーによって物事がすでに解決したりすることもあります。
仕事をしながら旅もできます。旅行をするときは、仕事を忘れて解放されたいものですが、経営陣や社員の中には、海外で仕事をする方が、効率よく働けるという人もいます。
定期的に海外へ旅をしながら、旅先で働いている社員がいます。彼は新しい場所を楽しむための時間を確保するために、仕事を効率的に終わらせる方法を考えています。。彼いわく、新しい環境で刺激を受けることが、仕事のパフォーマンス向上にもつながるようです。
Alconostの社員は自宅、旅先、コワーキングオフィスなど様々な場所で働いている。
テレワークだとより柔軟なスケジュールを組むことができ、効率的に時間を使うことが可能です。ただ、オンとオフをしっかりつとつけないと、働きすぎたり、さらには燃え尽き症候群になってしまうこともあります。
デメリットとしては、社員同士のリアルなコミュニケーションや雑談の機会が少ないこと。自分をきちんとコントロールしないと、仕事に夢中になり過ぎて気づかないうちに、燃え尽き症候群になってしまいます。
逆もしかりで、自分で能動的に仕事を見つけていかないと、特にやることもなく仕事へのモチベーションが下がってしまいます。
定期的に1対1のWebミーティングを実施しています。その際には、電話ではなく動画つきで行うようにしています。相手の表情を確認しながら話せるので。
仕事の話をするだけでなく、社員が現状の仕事についてどう考えているのか、を知る上でも重要です。
定期的に話すことで、社員の様子がわかるので、働き過ぎで体調を崩したり、燃え尽き症候群の予防にもつながります。また、抱えている課題や不満を共有することで、問題が大きくなる前に事前に解決するサポートもできます。
またSlakやタスク管理ツール「Trello(トレロ)」、OKR管理ツール「7Geese」などを使い、誰が何のためにどういう仕事をしているのかを可視化しています。同僚が設定した目標を達成したり、その成果がはっきりと見えることで、自身のモチベーションにもつながります。
普段は完全テレワーク体制ですが、実は、年に少なくとも2回はリアルな場での社内イベントを設けています。キャンプへ行ったり、クリスマスパーティーを開いたり。バーや社内ボウリング大会などオフラインでの社員同士の交流もあります。
「自分のやっていることが、会社にとって役立っているのかわからない」と、とある社員から言われたことがあります。そこで始めたのが「Alconostian(アルコノスティアン)」という社内報。各チームの取り組みや、新規クライアントなどに関する情報をまとめたもので、月に1回メールベースで発行しています。
また、社員が今の働き方に満足をしているか、社内での改善点を知るために、eNPS(自分の職場を親しい人にどれだけ勧めたいかを数値化したもの。数値が高いほど働き方に満足していると考えられる)を導入しています。
自由で柔軟なスケジュールで働いていると、ついつい仕事の時間がプライベートよりも多くなってしまうことがあります。
オフィスのように、仕事のオンとオフがはっきりしていません。そこで自分自身をしっかりとコントロールする必要があります。
例えば、自分なりのルーティンを持つこと。毎日同じ時間に起きたり、自分にとって最も集中して働ける時間帯を見つけて、その時間帯に働くこと。人にはリズムが必要です。
また仕事に集中するための環境づくりも重要です。自分だけの仕事部屋があれば望ましいのですが、子どもや家族の誰かが家にいたりすると、集中するのが難しいかもしれません。その場合には、近くのコワーキングオフィスやカフェを利用することもできるでしょう。
実際に、そうした社員のためにAlconostではコワーキングオフィスを借りています。住んでいる場所が近い社員同士で、そうしたオフィスに集まって仕事をすることもあります。
仕事に取り組みやすい環境づくりを支援する制度もあります。Alconostでは、仕事に必要なモニターやWebカメラ、ソフトウェアの購入に必要な費用の50%を会社が負担しています。
オフィスレスな環境で働く社員にとって、給料だけでなく仕事のモチベーションや、やりがいも重要になってきます。
上司や同僚、部下と一緒に仕事をしていないと、チームであるという意識が薄れてしまいます。
テレワークを始めて半年も経つと、会社で働いているという感覚が薄れ、共通のミッションや企業文化を見失ってしまうという、ある種の危機感が芽生えることがあります。
この問題を解決するための方法は、ひとつではありません。興味のある社員には、自分の経験や学びを記事にしてもらう提案をしたり、展示会やウェビナーでプレゼンを行ってもらう、という方法もあります。つまりなんらかのアウトプットをするわけです。
プレゼンや記事に取り組んでいる時、これまでの仕事で振り返りつつ、そのテーマに集中する。そうすることで、自分がこれまでやってきた仕事の意義や、チームや会社とのつながりを再確認できます。
いずれにしても社員が仕事で燃え尽きて、社会的なつながりを感じることを、あきらめてしまわないよう、社員のモチベーション維持を手助けする方法を先に考えておく必要があります。
仕事がうまくいった場合は、きちんと評価する姿勢が大事です。そして、もし結果が思うようなものでなければ、人ではなく仕事を判断しながら、きちんと指摘する勇気が必要です。
最も重要なことは、黙せずコミュニケーションを取り続けることです。私は、モンテネグロに3ヵ月間住んで、仕事をしていたことがあります。
その時は、解決しなければならない問題があまりにも多く、社員と連絡を取り合うことが少なくなっていました。
そのため、もっと頻繁にコミュニケーションをしていれば、引き留められたかもしれないし、モチベーションを上げられたかもしれない、優秀な人材を何人か失ってしまいました。この時に学んだことは大きかったですね。
Alconostでは、すべての人間関係は、相互信頼に基づいています。信頼を出発点としているので、会社として社員1人1人が、いつ何をしているのかを細かく管理することはありません。
社員の勤務時間にはこだわっていないので、プロジェクトがちゃんと進み、他のメンバーの仕事が妨げられない限り、基本的には、いつどれだけ働くかは社員次第です。
勤怠管理や時間管理ツールを使って、社員がちゃんと働いているのかを監視したりすることはありません。社員を細かく管理することは、会社にとっても社員にとっても、生産性を下げるものだと考えています。
むしろ、重視しているのはアウトプットです。Alconostでは、”パフォーマンスチャート”というツールを使って、社員のアウトプットやパフォーマンスを可視化しています。
このチャートを見ると、社員が仕事にモチベーションを持って取り組めているか、逆にうまくいってない理由は何なのか、といったことを考えるきっかけになります。
個人がきちんと働いていれば、プロジェクトも良い方向に行きますし、クライアントや同僚もハッピーなわけです。目に見えて数値化できる結果が得られます。一方で、成果を出す働き方をしていなければ、それが顕著に現れます。
ビジネスの成長が会社の目的であり、社員の仕事や社員自身を管理することではありません。
テレワークによる柔軟な勤務時間と優秀な人材確保。マイクロマネジメントの排除。これらが成功に欠かせない要素だと考えています。