日本ゲームのローカライズ先としては、中国、英語圏、ヨーロッパ圏がメジャーですが、今回は中東市場へのローカライズについて考えてみたいと思います。
中東のゲーム市場規模は、Newzooのレポートによると2020年で54億ドルに達し、成長率は前年比14.5%。世界規模で見るとアジアや北米よりも、高い成長率を見せています。
成長著しい中東市場。果たして中東は、ローカライズ先として本当に有望な市場なのか。また、中東市場へゲームをローカライズする際には、どんなことを気をつけるべきなのか。
今回は、アラビア語翻訳者であるハディ・シャラフディーンさんにお話を伺いました。シャラフディーンさんは、これまでにアラビア語版「バトルフィールド」などのゲームローカライズを手がけてきました。
まず理解しておきたいのが中東で広く話されているアラビア語。アラビア語話者は世界で4億人以上で、国連の公式言語の1つにもなっています。
アラビア語は、文語である現代標準アラビア語と口語である方言に大きく分けることができます。現代標準アラビア語は、ニュースや新聞、教育、スピーチなど公式な場で使われる言葉。
一方で方言のアラビア語は、日常会話で人々が使う言葉です。方言は地域によっても大きく異なり、その数は10以上あります。
同じアラビア語とはいえ、まるで違う言語のように単語や表現が違う場合があるのも事実。
この点を踏まえて考えたいのが、現代標準アラビア語、方言のどちらにローカライズするべきなのか?ということです。
基本的に現代標準アラビア語は、ある程度の教育を受けたアラブ人であれば理解できるものだと考えています。よって、より多くのアラブ人に受け入れてもらうコンテンツを作るのであれば、現代標準アラビア語を使うことをおすすめします。
アラブ人の中には、現代標準アラビア語は堅苦しく聞こえる、という人もいますが、「バトルフィールド」のローカライズで使用しているのは、現代標準アラビア語です。
その他のゲーム会社も同様のやり方を採用してます。例えば、ユービーアイソフト中東支社のローカライズマネージャー、メレック・ティッファ氏は、インタビューで以下のように答えています。
「今後はゲームに方言を取り入れていくことも検討しています。しかし、より多くのアラブ人ユーザーに楽しんでもらうためには、基本的にテキストのローカライズは常に現代標準アラビア語を使うつもりです」
方言を使う場合であれば、アラブ地域で広く理解されているエジプト方言が好まれるでしょう。エジプトの番組や映画がアラブ地域では広く放映されているため、他の地域でもエジプト表現に馴染みがあるアラブ人は多いのです。「デトロイト ビカム ヒューマン」でもエジプト方言が使われています。
スクウェア・エニックスの「ジャスト コーズ3」は、吹き替えにレバノン方言を採用し、サウジアラビアやUAEを含む湾岸諸国のゲーマーからは、好意的な反応が見られました。
方言やイントネーションを採用してもかまいませんが、注意が必要です。また、メニューや字幕などのテキストは、すべてのアラブ人が理解できるよう現代標準アラビア語を使うべきでしょう。
特にUAEやサウジアラビアなどの湾岸諸国では、英語を流暢に話すアラブ人が多くいます。ゆえに、英語が話せるのに、わざわざアラビア語へ翻訳する必要はあるのかと思うでしょう。
アラブ人は、たとえ英語が話せたとしても、アラビア語という言語を非常に誇りに思っています。
なぜならアラビア語は、イスラーム教の聖典「コーラン」で使われている神聖な言語でもあるからです。なので、自分たちが誇りに思う言語が使われている商品に対して、より親近感を持つのです。
アラビア語を使ったゲームの場合、好意を持ってアラブ人たちに受け入れられるはずです。
CD PROJEKTは、「ウィッチャー3」のアラビア語版をリリースした時に、アラビア語へローカライズした理由を聞かれ、「アラビア語にローカライズすしたことは、ゲームのユーザー層を広げ、ゲームの成長には欠かせない重要なステップだった」と答えています。
ローカライズが必要なもう1つの理由としては、英語のコンテンツをそのまま使うと、アラブ人に対して反感を買うことがあるからです。
例えば、英語のバトル系ゲームでよく出てくる相手を侮辱するFワード。英語版では、頻繁に使われているため問題ないと思われるかもしれませんが、アラブ社会では禁句です。
私が「バトルフィールド 4」のローカライズにたずさわっていたとき、英語の罵声や侮辱表現をローカライズするのは大変な作業でした。
例えば、先のFワードは、アラビア語へローカライズする際に、”Damn it(ちくしょう)”というようなマイルドな表現に置き換えています。
言語の翻訳だけでなく、文化や社会のマナーに合わせた表現や単語の置き換えをするローカライズ作業が重要になってくるわけです。
欧米文化では当たり前のことも、アラブ世界では受け入れられないことが多々あります。
たとえば神、ギャンブル、ドラッグ、お酒、アダルトなどに関するコンテンツはNGです。また、魔女、吸血鬼などの超自然的な存在の描写も禁止されています。
テキストだけの調整で済む場合もありますが、シーンを丸ごと差し替えなければいけないケースもあります。
「ウィッチャー3」には、こうしたタブーが数多く含まれていたため、メディア評議会(新発売のゲームがアラブ世界の価値観に反していないことを確認する機関)の承認を得るため、変更を加える必要がありました 。
そのため、アラブ世界に向けてのリリースにあたり、CD Projektはオープニング場面に変更を加える必要があり、裸のキャラクターに少し服を着せました。
また、ゲーム全体に出てくる「神」というワードを、「宇宙」や「運命」といった抽象的な言葉に置き換える必要もありました。加えて、アラビア語では「神」と一緒に使われる「創造的な」「偉大な」といった表現の使い方にも注意が必要です。
特にラマダン中は、大人は就業時間が短くなり、子どもは短縮授業となります。断食明けの日没までは、多くの人が家でゲームやネットサーフィン、ネットショッピングなどを行うので、ゲーム業界ではラマダンがピークシーズンとなっています。
ラマダンはアラブ人にとっても精神的な意味合いがあるので、非常に重視されています。ラマダン中は、「ラマダン カリーム(良いラマダンを)」と言ったあいさつが交わされます。こうした言葉やイベントを取り入れるだけでも、アラブ人ユーザーからの反応は、大きく変わるでしょう。
PUBGモバイルが、どのようにラマダンイベントをゲームに取り入れたかを見てみましょう。彼らはラマダン中、ログインをするだけで報酬がゲットできるというログインキャンペーンを実施しました。
中東はゲーム業界にとって有望な市場か?そう聞かれれば、間違いなく有望と言えるでしょう。中東地域は世界で最も活発なゲームコミュニティがある地域です。
特にサウジアラビアやUAEのユーザーは、1人あたりのゲームに費やす金額が世界平均でみてもかなり高いことで知られています。アツいゲーマーたちがいる一方で、アラビア語での質の高いゲームコンテンツはそれほど多くありません。そこに中東市場での成功のチャンスがあると思っています。
これを読んでいる方の中には、中東市場への進出は、資本力のある大手企業だけの話じゃないのか?と思われるかもしれません。
Wachanga社の事例ように、大企業ではなくとも質の高いゲームコンテンツと海外戦略をもってすれば、決して中東市場は大企業だけの話ではないと言えます。
最短2時間でネイティブが翻訳してくれるオンライン翻訳ツールNitroの詳細はこちら
ゲームのローカライズ・翻訳のご相談はこちらから。どの言語に翻訳すべき?進出するならどのマーケットがいい?といったご相談も承っています。